去る人(即興小説-3)【脱力注意】

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第一章「イチロウの浮気」第二章「あうんの呼吸」の最終章です。

スクリーンに映し出されたのは、この業界では知らぬ人のいない有名な投資家にして仕手筋。
本名ではなく通称「去る人」と呼ばれている。
その人物のここ2ヶ月間の動きが詳細にまとめられたレポートとともに、インターネット上の、とある招待制のSNSにアップされていたのだ。
今回の一連の騒動のきっかけとなった、密室会談をもちかけた裏の仕掛け人が、「去る人」氏であるという疑いようもない証拠とともに。
それをジミマル社のスタッフが発見したというわけだ。

イチロウは先日の記者会見で、その人物の名を明かさなかった。
ただ一言「去る人だ」と表現しただけだ。
だが「去る人」の件について語るとき、関連してジミマル社の「交渉人」と会ったこともイチロウは公開している。
あの日、特別会議室の周りにSPとともに立っていた男が「去る人」氏、そして業界の大物がジミマル社の交渉人であった。
この事実は、ジミマル社内でもトップシークレットであった。

「こ、これは問題になるのでは?」
とジミマル社の女性スタッフが不安げな顔をした。

個人投資家である「去る人」氏は、立場的にこの業界と一線を画している。
だが、ジミマル社とミンシャット社の内部情報を深く知りうる立場にあり、なおかつ密かに両者の株式を大量に売買していたというのだ。

「インサイダー取引?!」

本来この業界に直接関わってはならないはずの「去る人」氏が、直接この業界をコントロールしていたことが明らかになれば、一緒に動いたジミマル社の交渉人とともに、世間から激しい非難を浴びることが避けられない。
「去る人」氏からの記者会見はないが、本人は「公正中立」を掲げている。

その時。
ざわつき始めたジミマル社の情報スタッフルームが、水をうったように静まりかえった。

ヤス社長が社長室から出てきたのである。
「諸君、安心したまえ」
全員が社長の説明に、耳をすませた。
「わたしが何のために、こんな思いをしてまで、イチロウ氏と二人だけで密室で過ごしたか、あなたがたに解りますか?」
メインデスクまでゆっくりと歩いていった社長は、まだわずかにうずく痛みに少し顔をゆがめただけで、あとは淡々と語った。

「去る人の件が公になる心配はないのです。ご存じのように今、世間はマスコミが個人の性的嗜好について触れることに、極めて批判的になっています。人権問題です。タブーです。」
ヤスはここまで一気にしゃべると、ようやく不敵な笑みを浮かべた。

「サル人間氏の件について触れることは、もはやマスコミにはできないのです。それは個人の性癖を差別することになるので、マスコミが絶対に書けない領域なのです。そのタブーの中へと今回のトラブルを埋もれさせるべく、このたびわたしは趣味でもないコトにおよんだのです」

ジミマル社の若手男子スタッフが、ごくりと唾をのんで思わず口ばしった。
「もしや、『去る人』もホモ癖が?」

ヤス社長は冷静に否定した。
「いえ、あの人はホモではありません」
別のスタッフが、また口走った。
「去る人・・・サル人・・・ということは、獣姦???!!!」

「やめなさいっ!」
と先輩女性スタッフがいさめた。
ヤス社長は全員の顔を見回した後、おもむろに告げた。
「あの人は、ホモでもなければ、おカマでもありません。」

そうだったのね、、、と女性スタッフはつぶやいた。

「・・・おナベ・・・。」
(了)


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