イチロウの浮気(即興小説)【超超長文注意!!!】

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おや、あの男はたしか・・・。
久しぶりに都心の一角で見かけたスーツ姿の男は、あのイチロウだ。

一目見たら忘れない特有のオーラのため、誰もがたやすく見分けることができるだろう。
最新の高層ビルが建ち並ぶこの界隈には、早くもクリスマスムードが漂い、そこここに富の象徴ともいえる輝きが満ちている。
その輝きの中にあって、なおこの男が異彩を放っているのは、身にまとった高級スーツのためではなく、彼が両脇に美しい女性を二人かかえているからだ。
二人とも夜の街の女とはほど遠い存在だとわかる。
育ちの良さが全身からにじみ出ていた。
例えていうなら一人の女性は若手医師のような知性を感じさせ、もう一人の女性は上流階級の夫人のような上品さを感じさせる。
一人の女性は直美、そしてもう一人は由紀子である。
いずれも週刊誌ではたびたび話題になる女性だが、セレブを見慣れたこの街ではだれも振り返りもしない。

イチロウがミンシュット社の本社オフィスのあるビルに隣接して立つ、超高級マンションの最上階に、二人の女性と共に住んでいるという噂は既に有名だった。
男が堂々と二人の女性と同時に暮らしているという事実だけで、週刊誌ネタとしては十分だった。
彼ら三人の不思議な生活スタイルは謎に包まれ、様々な憶測の元となっていった。
抜群のビジネスセンス、有り余る金、スマートな身のこなし。
嫉妬の矛先を消しうる理由を、きちんと説明できるものは誰一人いなかった。

直美と由紀子は高校時代の親友である。
今やイチロウとならんで週刊誌に名前がよく登場する。
二人の通っていた高校は、かつてある業界のトップたちが子女を育成するために創立した学校法人で、いわゆるお嬢様学校とは明らかに趣を異にしていた。

直美と由紀子は父親同士が親友という育ちの良さを生かし、女性二人だけで事業を立ち上げ成功した。
その急成長ぶりは現代のサクセスストーリーとして、庶民のあこがれの象徴として様々なメディアで語られた。
彼女たちの会社の名前ミンシュットは、そのまま最先端のブランド名として全国にとどろき、新しい時代を象徴するキーワードとさえなっていった。

ミンシュット社の事業にかげりが見え始めたのは数年前だった。
1年前にはついに倒産寸前まで追い込まれた。
そこへ救世主のように現れたのがイチロウだったのだ。

彼はビジネスとしてミンシュット社に関わるだけではなく、心から彼女たちの事業そのものを愛しているように見えた。
再興に尽力を惜しまないイチロウの姿は、第三者の心をも打つものだった。
何よりもイチロウは彼女たち自身を、女性として二人とも平等に愛で、そして満足させていた。
そんな圧倒的な彼の大きさが、直美と由紀子の心から嫉妬心さえをも吹き飛ばすパワーとなっていたのかもしれない。

奇妙な三人の生活が始まってはや一年。
三人の関係がビジネスでも不思議な調和を生み出したのだろう。
ミンシュット社は業績をあっというまに最盛期を上回るまで回復し、さらに奇跡的な成長を遂げていった。
気がつくとミンシュット社は業界二位まで上り詰めていた。
ライバル企業は、もちろん業界の老舗にして最大手のジミマル社である。
シェアにおいて五分五分、伸び率において事実上すでにジミマル社を超えたとされるミンシュット社が、ジミマル社を抜くのは、もはや時間の問題だと巷でささやかれていた。

必ずミンシュット社をジミマル社を超えるトップブランドに育てる。
これこそが直美と由紀子が誓い合った、まさに女の意地と生涯をかけた大きな夢なのだ。
夢を実現するためには手段を選ばなかった。
イチロウが直美のベッドと由紀子のベッドで交互に寝ようとも、あえて笑顔で迎えてきたのは、そのためだったのかも知れない。
彼女たちの努力が報われる日が、目の前に迫っていた。

一方そのころ、イチロウもまた自分自身の夢の実現を前に、しみじみとワインを傾けていた。
直美や由紀子とは、また別の意味で感慨深いものがあった。
かつてジミマル社のトップエリートだったイチロウは、ある日、出世コースから突然はずされた経験を持つ。
その日のことは一生忘れない。
共に机を並べて頑張っている同僚のヤスが、ジミマル社の分裂さわぎを起こしたからである。
これによって社は大きな打撃を受けた。
すべてはイチロウの責任と見なされた。
外部の情報会社の工作員に、ヤスがそそのかされたのが原因ともいわれる。
いずれにしても当時のイチロウは、自らジミマル社を去るという経緯をたどることになったのである。

現在ジミマル社の社長の座にいるのは、なんと奇遇なことにあのヤスだ。
あいつにあうのは、何年ぶりだろう。
仏頂面のイチロウにはめずらしく、数年ぶりに口元に笑みを浮かべた。

ジミマル社やミンシャット社のような、特殊な業界においては、一位と二位は決定的に異なる。
一位から転落すると言うことは、すなわち世間から死に体と見なされるのだ。
マスコミ各社もこの展開を固唾をのんで見守っている。

もちろんジミマル社もこの事態を打開するために、全力をあげて戦略を練っていた。
ジミマル社の歴代OB、ブレーン、外部の情報機関を集め知恵を絞った。
だがやはり選択肢が少ないという事実に変わりはなかった。

いきおいに乗った事業は、時として驚くべき力を持つ。
ミンシュット社に対しては資金面での応援が一気に集まりつつあった。
人材もミンシュット社の方へと流れつつあった。
やはり対等合併によって、互いに生き残る道をもちかけるしかないのか。。。
ほとんど表情の変わることのない、ヤスの顔がわずかにゆがんだ。

ミンシュット社では、コンピュータスクリーンに映るデータを三人で見つめ続けていた。
秋の夜も更けたころ、
「今だ。」
イチロウがつぶやいた。
ジミマル社を全ての面で抜き去り、業界一位となるチャンスが到来したのだ。
イチロウは電話を取り、ジミマル社に伝言するよう秘書に伝えた。

イチロウとヤスの会談日が明日に設定された。
直美と由紀子、イチロウの三人は、勝利のシャンパンを開けて前祝いをした。
対等合併なんて冗談じゃないわよ!
買収だ!
買収よ!
黄色い感性


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