久しぶりにアットホームな空気の中で、お経をあげました。
すがすがしい気分と、心休まる、懐かしい朝のひととき…

一日が快適に始まる、フィジカルな効果もあるのかもしれません。宗教がどうというよりも、自分自身のココロのトリートメントみたいな作用があるようです。

東京六本木で仏壇もない家で日々暮らしている僕ですが、物心つかない小さな頃から、朝のおつとめをしていたせいか、身体の中に仏教の盛んな関西の血が流れているせいか、気がつくと、自然に身体が反応してしまいました。
そして不思議な体験をしました。
一例を挙げれば、亡き父が何かわからないけど、あたたかい大きな御心のもとで、微笑んでいるのを明確に感じました。

驚くべきことに、そして、それが何故かとても心地よいのです。
ああ、今の僕が求めていたのはこれだったんだ!
安らぎはここにあったんだ!
そんな感覚でした。

こんな気持ちは、昨年末に京都の東本願寺を訪れた時にさえ、味わえなかった心の平穏と言えるかもしれません。

ま、お寺ならどこでもそうだよ、と言われてしまえばそれまでなんですけどね(^_^;)

ありがたきや専念寺。
南無阿弥陀仏。


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