データマンとアンカー〜テレビの基本〜

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テレビの報道番組の世界と、大学教授など学術研究者の世界では、常識に大きな違いがあります。それは情報の匿名性に対する考え方の違いです。その違いが一部の自己顕示欲の強い大学教授によって、時々池上彰さんの番組がバッシングされる原因になったりしていると思うので、簡単に説明しておきます。

テレビの報道番組は、基本的にデータマン(ネタ元に直接取材し情報をインプットする人)とアンカー(キャスターなど最終的に情報をアウトプットする人)のチームワークで成り立っています。データマンは記者、番組ディレクター、制作スタッフ、リサーチャーなどで数十名くらいでしょうか、かなり大勢います。アンカーは基本的に一人です。テレビの視聴者は、アンカーの言葉を通して情報に触れるので、アナウンサーなどアンカーが物知りなような錯覚に陥りますが、実際は大勢のデータマンの収集した情報を精査し、短くまとめて表現しているのです。

この時、情報の扱い方の大原則は「情報源の秘匿」です。データマンは事件事故の当事者や、問題の関係者、その分野の識者など非常に多くの人に取材しますが、伝えるのはデータマンの責任において確信の持てた情報の内容だけであり、誰がその情報をもたらした取材先であるかは伝えません。「政府筋によると……」とか「政府首脳によると……」と情報の入手先をあいまいにして伝えます。取材源を明らかにすると、多くの場合、取材協力者に迷惑がかかるからです。

集められた情報は編集責任者の判断で、自局のオリジナルのニュース原稿としてまとめ、アンカーがそれをカメラの前で伝えたり解説したりします。この時、いちいち情報の入手先を「〇〇省〇〇課の〇〇さんによると」などと付け加えていては、一本のニュースの中に「〇〇さん」が限りなく大量に出てきてしまうでしょう。問題の本質がその「〇〇さん」といった個人名を明示することによって意味をなす場合を除いて、問題の本質に関わらない個人名は基本的に伏せておくのが普通です。個人情報の問題もあります。

情報源の大学教授などが、独特の見解を持っていて、他の学識研究者からは得られない話の場合、許可をとって直接その大学教授にインタビューし、画面に出てもらってVTRで紹介することがあります。この時は大学名、職位、氏名などをテロップで表示します。これはその大学教授が特に著名な人物であり、その個人名と顔を出すことが、伝えるべきニュースの本質に関わると判断した場合に限ります。これとよく似ていて混同されやすいのが、独特の見解ではなく、一般的な知識をデータマンが得るために、大学教授などを取材したときです。この場合は一般的な知識が必要なのであって、その大学教授の個人名は必要ありませんから、アンカーの段階では伏せなければなりません。

一般社会と違って、大学教授などの学術研究の世界では、個人名を伏せるどころか、個人名を放送してもらって有名になりたい、と考える人が少なくありません。また研究成果は「誰のものか」というのが重視される世界であり、他の研究者の論文を引用するときには、いちいち個人名を出すのが常識です。自分の論文にでてくる引用元は、誰の、どの論文かを明記するのがマナーです。ですから学術論文は巻末に参考文献がズラッと並びます。「情報源の公開」が学術研究者の世界の原則なのです。個人名を出してもらい、引用してもらうことは、名誉なことであり、実績につながります。

この両者の常識の違い、情報源に関する原則の違いを理解していないと、データマンが大学教授を取材したときにトラブルになることがあります。これから名前を売ろうという、ほとんど無名な大学教授から、一般的な知識を得るだけ、というケースがほとんどなので、その場合は単純に取材先は秘匿しておいて構いません。ところが名前を出すこと自体が意味を持つような著名な学者の場合は、例えば「山中伸弥博士によると……。」などと情報源を公表すべきです。その場合には、名前を出して良いかどうか、データマンは学者に確認しなければいけません。

見解が特にユニークで特に氏名を公表する価値がある著名な学者に取材しているのか、それともその他大勢の学者の扱いでいい相手に取材しているのか、データマンは常に適切に判断しなければいけません。一番厄介なのは、その他大勢の学者レベルの人が、自己顕示欲を旺盛にしてデータマンにせまってくる時です。「先生の場合、特にユニークな見解でもなく、氏名を公表するほどの大物でもないので、氏名は公表しません」などと正直に言おうものならご機嫌をそこねてしまいます。

僕の経験上、不思議なことに大物の大学教授に限って、個人名を出す出さないといった事に関して鷹揚で、どちらでもいいですよ、と言われることが多い気がします。大物ではなく、これから名前を売ろうという、ほとんど無名で、本人は有名だと思い込んでいる大学教授が要注意です。取材の際にあらかじめ一般的な知識の取材であること、そのため氏名は出さないこと、を説明しておかないと逆鱗に触れて、しつこく絡まれる可能性があります。そうなるとアンカーの評判を貶めることになりかねません。アンカーが有名人であればあるほど、炎上すれば学者の売名行為は効果を発揮します。テレビのデータマンとしては、学者の自己顕示欲を甘く見てはいけない、と肝に銘ずることが大切でしょう。

そもそも立場の違いこそあれ、ニュースや番組の制作者も、大学教授などの学術研究者も、本来の目的は同じだったはずです。真実を探求し、価値ある「知」を求めて一般市民と「知」を共有し、知恵の光明で市民を照らして広くあまねくその恩恵を分かち合い、啓蒙するという高邁な理想があったはずです。ともに力を合わせて、真実を究明して「知」を生かし、広める目的があったことを思い出して、その原点に戻って頂きたいです。放送の際に名前を表示したとかしないとか、偏狭な理由で仲違いして欲しくないのです。学者は惜しみなくその知見を民衆に広める心構えが、データマンはそういう心構えの学者に失礼にならぬよう、取材時に十分な敬意を持って接するマナーが、それぞれ必要とされていると思います。

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