今年の夏も、こどもたちの水難事故のニュースで始まりました。海、川、それぞれに注意点がありますが、サーファーだった僕は、海での潮の流れや大波には対処できるつもりです。ただ川で泳ぐことには、全く別の危険が潜んでいて、今でも恐怖感を覚えます。

今から50年くらい前でしょうか。僕がまだ中学校を卒業したばかりの夏、同級生と吉野川の河原でテントを張り、バーベキューを楽しんでいました。今のように整備されたバーベキュー場など無く、こどもたち3人だけで、大人も他のキャンパーもいない、ただの河原です。そして僕たちは全員アウトドア初心者でした。

これだけでも危険な予感がしてきますよね。そうです。吉野川の河原の良さげな所に、適当に居留地を決め、テントを張り、バーベキューの準備を始めました。

少年達3人だけの、文字通り真夏のアドベンチャーです。泳ぎには自信のあった僕は、真っ先に海水パンツに着替え、吉野川で一泳ぎしようと入って行きました。よく晴れた気持ちの良い日で、水面から見るとほとんど流れも無く、泳ぐには絶好のように思えました。

もちろん川ですから、上流から下流に向かって流れています。それくらいの知識は僕にもあり、キャンプ地から100メートルほど上流から川に入りました。水は澄んでいて、川底までよく見え、深さも大したことないように見えました。向こう岸まで泳いで渡って、また泳いで戻るつもりでした。

ゆっくりと腰のあたりまで水につかり、さあ泳ごうとした時です。突然、足下をすくわれるような感じがありました。水面とは別の、早い流れが、川底にあったのです。ここで止めておけば良かったのでしょう。急に足が着かない深さになったので、僕は泳ぐしかありませんでした。

思ったよりも流れは速く、僕は向こう岸に向かうのは諦めて、元の河原に戻るように必死で泳ぎました。吉野川は僕たちの拠点から200メートルほど下流で、高さ2メートルほどの滝になっているのを知っていましたから、そこまで流されたらアウトだと思い、それまでには岸に上がるべく、流れに逆らうよう斜めに全力で泳ぎました。

岸まで1メートルまでたどり着きましたが、川に入るときにあった川底の砂は無く、足が着きません。岸辺は岩場で、登る手がかりがありません。気がつくとキャンプ地より下流に50メートルほど流されていました。まずい、このままでは滝に落とされる。

僕は岩場に沿って流されながら、なんとか陸に上がる手がかりを探っていました。ちょっと大きめの岩に、引っかかりの感触があり、僕は岩の5ミリほどの引っかかりに、両手の爪を立ててしがみつきました。爪なんて剥がれてもいい。このまま流されて滝に落とされるよりは。

流されるのが止まり、ちょっと一息ついた僕に向かって、キャンプ地から僕に気がついた友達が歩いてきました。Yくんとしておきましょう。Yくんは岸辺から僕の様子をじっと見ていて、僕は「助けてくれ」と言いたかったのですが、必死のあまり声が出ませんでした。

Yくんはゆっくりとキャンプ地に戻りました。ロープでも取りに戻ったのだろう、と思い、僕は岩に爪を立て続けました。しばらくしてYくんが僕の所に戻ってきました。

「焼けたで。食べるか?」

Yくんの手には、串焼きにされた牛肉が一本持たれていました。僕は脱力のあまり、岩に立てた爪を離しそうになりました。関西人だったからでしょうか。見事なボケでした。こっちは生きるか死ぬかの瀬戸際です。僕は改めて救助を求めました。

ようやく事態に気がついたYくんは、急いでタオルを持ってきてくれ、それにつかまった僕を引き上げてくれました。その後、ことの重大さは、僕がいくら話しても、友人達には伝わらなかったようです。

岸辺から見ていると、静かで美しい吉野川に、ちょっと入って上がってきただけ。でも50年前のこの体験は、僕に川の恐ろしさを、深く刻み込みました。

今でも僕は、川での水難事故のニュースを聞くたびに、この体験を思い出します。静かで浅そうな川であっても、油断は禁物です。そもそも、こどもだけで川遊びをするべきではありません。経験豊かな大人が見守るべきです。

さらに当時の僕らのバカさ加減を打ち明けておきましょう。翌朝テントを出た僕たちは、テントのすぐ近くまで砂が濡れているのに気がつきました。もうちょっと水位が上がっていたら、僕たちはテントごと流されていたのです。「危なかったなあ」と当時は笑っていましたが、キャンプ場でもないただの河原に、テントで宿営するなど、もってのほかです。

川の水位が上下することさえ知らない、ド素人の少年達が、無事に生き長らえているのは、今思えば奇跡というしかありません。最近では安全な場所にキャンプ場が作られていますが、50年前は本当に野営だったのです。大切なことを教えてくれた吉野川に、心から感謝しております。

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