「戦略的あいまい外交」こそが大切だ
高市首相の台湾有事における存立危機事態をめぐる国会答弁が、習近平の怒りを買って日中関係が悪くなり、様々な嫌がらせを受けているのはみなさんご存知の通りです。日本への渡航自粛で観光業への影響や、水産物の輸入に対する規制の強化で、嫌がらせをするのは中国のいわばお家芸。常套手段です。今度はパンダまで引き上げる(?)とか。
日中関係は良好であるに越したことはありませんが、別に宣戦布告したわけではないし、大した問題ではない。と僕は考えています。なにかと面倒くさい国なのです。中国というのは。それでも好むと好まざるに関わらず、我々はこのアジアの超大国と付き合っていかなければなりません。もちろん米国トランプ政権とも、好むと好まざるに関わらず付き合っていかなければなりません。
それは日本がこれら二つの大国に挟まれているという、地政学上の宿命なんですね。地球儀をみれば一目瞭然です。さらに日本は第二次世界大戦でこれらの国を相手に戦って完敗している(中華人民共和国ではなく中華民国でしたが)という歴史も背負っています。占領軍がアメリカ合衆国1国だけだった、というのはラッキーでしかありません。一歩間違えると、北海道はソ連に、沖縄は中国に、と国が分割統治されていた可能性もあります。
そんな地理の授業と、歴史の授業をおさらいをした上で、台湾問題について考えてみましょう。台湾というのは中華民国のなごりです。戦後、中国の大陸部は台頭してきた中国共産党が支配するようになり、中華人民共和国が生まれました。連合国側も最初は共産主義国家ではない中華民国を正当なチャイナとみなしてきましたが、まもなく中華人民共和国の圧倒的な大きさから、そちらをチャイナとして国連で承認しました。台湾は大陸から逃げ延びてきた中華民国の人々が住む自由主義国家だったのです。
ですから台湾の人々は、アメリカや日本と親和性が高く、中国共産党の命令には従いません。とはいえチャイナが二つあるのもよろしくないので、あくまで正式な国家としては台湾を国とは認めない、地域である、という国際的な認識に落ち着きました。オリンピックでは「チャイニーズ・タイペイ」という呼称で入場することあり、そういうのを目にした人も多いのではないでしょうか。僕も個人的には台湾の方が昔から肌が合い、なんとなくつい「台湾という国」と言ってしまいそうですが、中国はそういうのを徹底的に嫌います。
そして1972年、田中角栄と周恩来の交わした日中共同声明で、台湾は中国の一部であり(ワンチャイナの原則)そのことを日本は認める。その代わり戦時中に日本が侵略した満州事変その他の出来事は、すべて水に流して追求しない。という趣旨の平和条約を締結します。いわゆる日中国交正常化といわれるもので、今なお日本と中国の関係の基本的なスタンスとして有効です。このときランランとカンカンという2頭のジャイアント・パンダが上野動物園に贈られました。のどかな時代ですね。
時は変わって昨今、中国は信じられないほどの目覚ましい経済発展と技術革新を遂げました。14億の国民と中国共産党への権力集中により、みるみるうちにアメリカと肩を並べるほどの超大国へと変貌しました。これは僕もパンダを見にいっていた頃は、正直言って予想していませんでした。自由主義陣営がちょっと油断しているうちに、経済大国は軍事面でも整備され巨大帝国へと変貌します。一帯一路というやつですね。一路とはシルクロード、一帯とは海のシルクロードです。元々中国は秦の始皇帝に始まり、ラストエンペラーに至るまで帝国だったわけですが、たまたま皇帝の代わりに国家主席が座っているだけ。そんな気にもなります。
で海のシルクロードとして絶対抑えておきたいのが、南シナ海、東シナ海の交易権ですが、そうなると必然的に台湾海峡はゆずれません。一方アメリカも台湾を抑えられてしまうと、グアム、サイパンまで一気に抑えられてしまう可能性があるので、目を光らせています。この辺りはレアアースをはじめ地下資源の宝庫でもあるし、南沙諸島の海域に中国が勝手に軍事基地を作るなど、不穏な動きも見られました。まさに目を離せないのです。
言ってみればアメリカ側、中国側ともに台湾海峡は軍事力の最前線です。なのでまずそんなことはあり得ないでしょうが、万が一にも中国側が武力を持ってこの地域を支配しようとしたら。。。そう米軍の出番です。その米軍はどこの基地から出動しますか? 沖縄を中心とする在日米軍基地です。その米軍を日本の自衛隊はヘラヘラ笑って「いってらっしゃーい!」と基地から見送ることができますか? 当然「お前も来い!」という話になって巻き込まれますよね。それが集団的自衛権の発動であり、台湾有事です。
僕は「まずそんなことはあり得ないでしょうが」と前置きしてストーリーを書きました。おまけに一市民である僕がどんな妄想をしようと、中国側は何も気にしないでしょう。しかし自衛隊の最高指揮官である内閣総理大臣が、そんな妄想を国会答弁という公の場でペラペラ喋ったら。それはどう考えてもまずいでしょう。僕はあの答弁をテレビで見ていて「あ、高市やらかしたな」と思いました。案の定あの答弁は外務省が作ったシナリオにはなく、高市のアドリブだったそうです。安保法制を作った安倍晋三はもちろんのこと、歴代首相は教科書通りにこう答えていました。
「存立危機事態」とは、わが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態。
なんだか意味わかりませんよね。長ったらしくてもやーっとした曖昧な表現。野党からどう突っ込まれようと、メディアからどう批判されようと、歴代首相はこの「あいまいさ」を大切にしてきました。この「あいまいさ」こそが日本の外交上の得意技だったのです。ノーベル文学書を受賞した大江健三郎は、受賞スピーチで「あいまいな日本の私」という短文を発表しました。名文でした。おそらく高市首相は読んでいないだろうけど。
サッカーに例えるなら、まさに高市首相は狡猾な習近平の足元に、絶妙なラストパスを送りました。さあ蹴ってくれと言わんばかりに美味しいラストパスを。そして見事なオウンゴール。もちろん習近平は見逃しません。すかさず「あなたたちの言ってる台湾有事とは、こういうことだったんですね」と切り返す。いちど口から出た言葉は、二度と飲み込めません。痛い。痛すぎる。
いったい誰に向かって高市はこんなアドリブをかましたのか。高市を支持する俗にネトウヨとも言われる連中か。そのレベルの思考ではトランプ政権や習近平といったベテラン陣と対等に渡り合うことはできません。高市に発言を撤回せよとは言いません。発言の内容そのものは間違っていないのだから。でも、それが間違っていなければ、いつ言っても最適解なのか。そこんところを今一度考慮する練習をしてください。
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