昨年、座間の9人殺人遺体遺棄事件が衝撃のニュースとして新聞、テレビで大きく取り上げられました。この際にマスコミは一斉に殺された被害者の実名を顔写真入りで報道しました(続報では匿名にしたメディアもある)。マスコミは基本的に事件の被害者は実名で報道するのが原則ですが、被害者の家族の心情を考えると匿名にすべきではなかったのか、という意見も多く寄せられました。

特に一般の読者や視聴者の素朴な感情で言うと、気の毒な被害者をさらに実名報道することでプライバシーをさらされる状態にするのは、あまりにも気の毒だという考え方が大多数を占めています。死者にむち打つ気か、という怒りの声も上がっています。僕自身も感情の面では多くの視聴者と同様に、被害者の実名報道には疑問を持つことがしばしばあります。

これに対して先月28日放送の「池上彰が2017総ざらい 知らずに終われない今年のニュースTOP50」(テレビ朝日系)でジャーナリストの池上彰さんが、実名報道の意義を説明しようと試みました。マスコミの立場から、なぜあえて被害者実名報道を原則としているか、その理由を解説しようとしたのです。

しかしこの問題はあまりにも高度なジャーナリズム論で奥が深く、さすがの池上さんも誰もが説得できるような解説には苦慮していました。むしろ一般の視聴者からは、説得力がない、実名報道を肯定するとは何事だ、と猛反発をくらったくらいです。

池上さんは「匿名にすると、その被害者はどういう人なのか、どういう生活環境なのか、なぜ事件に巻き込まれたのかっていうことが、(新聞を)読んでる側、あるいは(報道を)見ている側がよくわからないのではないか」と解説しました。さらに実名報道によって、被害者の存在証明の役割を担えると同時に「どのようにすれば(事件防止)対策がとれるんだろうか」と考えるきっかけに成り得る可能性を指摘し、「匿名になったとたん抽象的になってしまう」とも説明しています。

たしかに「AさんとBさんが殺害され、CさんとDさんが重傷を負った」というような表現では、抽象的な上っ面の概念しか伝わらず、リアリティーを持って報道できませんし、被害者に感情移入もできません。どんな被害者だったのか分からないと、再発防止にも役立ちません。しかしそれでも実名報道を是とする池上さんの解説には、無理があったように感じました。例として取り上げたのが座間の9人死体遺棄事件だったのも、損をしている理由の一つです。

相模原市の障害者施設で19人が殺害された2016年の事件の時には神奈川県警がご遺族の意向を理由に匿名で発表しましたが、今回は警視庁が被害者の実名を公表すると同時に、ご遺族側から実名報道や顔写真の掲載を控えてほしいとの要請文が報道各社に届きました。当初マスコミ各社は一斉に実名報道だったものの、徐々にメディアの対応は匿名になり、各社それぞれに報道の仕方は異なりました。

今回の事件はいきなり強盗に襲われて刺し殺された、という単純な事件ではなく、ツイッター上で自殺願望をつぶやいた人が、誘い出されて殺害されたという特殊性を持っています。仮に匿名で報道していたとしても、ネット上では実名がさらされるでしょう。ネット社会の闇をあぶり出すためにも、事件を具体的に知ってもらい、再発防止に役立てるという意味で実名報道が必要だった、という見方はできます。

一方で今回の事件の被害者たちは、自らネット上に自殺願望を投稿していた、というネガティブな側面を持っていて、遺された家族としては決して世間に自慢できるような話ではないでしょう。このように被害者に不名誉な要素がある場合、顔写真を含めた実名報道をされることは、遺族にとって耐えがたい心の痛みになると思われます。その点が、街を歩いていていきなり暴漢に襲われた、というニュースと決定的に異なります。

被害者にとって不名誉な要素が含まれているかいないか。それが被害者の実名報道をする際の判断基準の一つではないか、と僕は考えています。被害者にとって不名誉な要素が含まれている場合は実名報道をしない、というのが正しい報道姿勢だと僕は思うのです。

もちろん判断基準はそれだけではありませんが、年末の池上さんの番組で、被害者側の名誉と尊厳を守る、という要素も含めて解説していれば。また一概に実名報道が肯定されるのではなく、報道する側も迷っているのだ、と説明していれば。きっと池上さんの解説も、より視聴者に受け入れられるものになったのではないかと思います。尊敬する先輩の解説だっただけに残念です。

事件被害者とプライバシー。このテーマは奥が深く、僕自身も悩んでいます。じっくりと個別の例にあわせて、これからも考えていきたいと思います。

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