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アメリカは長い間、「スポーツ大国なのに、サッカーだけは本気ではない国」でした。野球、アメフト、バスケットボール、アイスホッケーという巨大な国内スポーツ文化があり、その中でサッカーはどうしても周辺的だった。

僕がワールドカップを初めて知った、イタリア90の頃のアメリカ代表は、まさに「これからサッカー国になるかもしれない国」という印象だったと思います。世界のサッカー地図の中では、まだ本格参入前。日本から見ても、サッカーの国というより、オリンピックと野球とバスケットの国でした。

それが1994年の自国開催で一気に表舞台に出た。
あの大会は、アメリカにとって「サッカーを自国の興行として成立させる実験」でもあったはずです。そこからMLSができ、代表チームも少しずつ整備され、ワールドカップ常連に近い存在になっていく。

ただ、強いのか弱いのか分からない時期も長かったですね。
ヨーロッパや南米の強豪のように、いつも優勝候補というわけではない。かといって、完全な弱小国でもない。ときどき強い相手を苦しめる。走れる。体が強い。組織的。だが、世界的なスーパースターが何人もいるわけではない。

この「総合力は高いが、サッカー文化の深みでは欧州・南米に及ばない」という位置が、長くアメリカ代表の印象だった気がします。

でも、アメリカが本気を出せば強くなる要素は、たしかに揃っています。
人口が多い。移民が多い。中南米系、欧州系、アフリカ系、さまざまなサッカー文化を持つ人たちがいる。スポーツ科学、トレーニング施設、大学スポーツ、ビジネス化、データ分析も強い。身体能力の高い若者も多い。

問題は、その才能がどの競技に流れるかですね。

アメリカで身体能力の高い少年がいたら、長い間、まずアメフト、バスケット、野球に行った。サッカーは、少なくとも男子では、第一選択ではなかった。そこがヨーロッパや南米とは決定的に違う。ブラジルならボールを蹴る。アルゼンチンでも、フランスでも、スペインでも、まずサッカーがある。でもアメリカでは、まずサッカーではなかった。

だから「野球文化圏だから遅れをとった」というより、もう少し広く言うと、アメリカ独自の巨大スポーツ文化が強すぎたために、サッカーが後回しになったのだと思います。

ただ、その後回しだった競技に、いよいよ資源が入ってきた。
ここが怖いところですね。アメリカは「文化として自然発生的に成熟する」というより、「制度と投資で追い上げる」国です。いったんマーケットができ、育成が整い、代表が強化されると、短期間でかなり上がってくる。

今日のボスニア・ヘルツェゴビナで見えたのも、まさにそこかもしれません。
ひとりの天才が全部を変えるチームではなく、10人になっても崩れず、追加点を取る。開催国としての意地もある。フィジカルもある。戦術も整っている。アメリカ的な「総合力」のチームですね。

面白いのは、アメリカがサッカーをやると、サッカーまで少しアメリカ的になることです。
国歌、軍用機、巨大スタジアム、ショーアップ、データ、フィジカル、勝負への合理主義。ヨーロッパの路地裏や南米の土のグラウンドから来るサッカーとは、入口が違う。

だからアメリカ代表は、サッカー文化圏の模倣ではなく、アメリカ型スポーツ文化がサッカーに参入してきた姿なのかもしれません。

そして、そこがちょっと不気味でもあり、面白くもあります。
サッカーの本場ではなかった国が、サッカーを自国流に組み替えながら強くなっていく。イタリア90の頃から見ると、ずいぶん遠くまで来た感じがします。

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